July 14, 2024

梅雨の晴れ間、天狗に招かれて。

叡電と初夏の音色

京都に滞在し始めて、あっという間に一ヶ月が過ぎた。麗しい緑に覆われていた山の景色は、いつしか梅雨入りし、曇り空に覆われていることが多くなった。

京都に来たら山に登ろうと思っていたが、予定のある週末が続き、気づいたら梅雨入りしていて雨の日が続いた。もうこの時期には山に登るのは難しいかな、そう思っていた矢先、週末の予報を見ると曇りだった。

土曜日の昼、宝ヶ池の東山に行ってみようと思い着替えたところだったが、そういや以前鞍馬山に行こうと思って行けなかったんだなぁということを思い出した。叡電に乗って貴船口で降りて、鞍馬寺の西門から入山してみようと思い立つ。

アパートを出ると、梅雨のじめっとした空気が肌にまとわりつく。曇り空の合間から時々太陽が見えて、駅まで十五分ほどの距離を歩いただけで汗ばんだ。

一乗寺から鞍馬行きの電車に乗った。ドアの横に立ち、車窓から景色を眺めていると、住宅街の垣根から紫陽花の首が垂れているのが見える。電車は段々と山の中に入っていき、傾斜を登っていく。ちりんちりん、という涼しげな音が聞こえたので、車内を見渡してみると風鈴がかけられていた。

貴船

貴船口に着き駅を出ると、小川のせせらぎが聞こえてきた。神社の方まで歩いて向かう。一本道の道路の脇には川が流れ、ガードレール沿いを歩いていると、時々川の方からひんやりとした空気が流れてくる。火照った顔に風が触れると気持ちが良い。

車と車がすれ違うのがやっとの道を歩いていくと、ようやく貴船神社に着いた。奥の宮の参拝を済ませ、境内を後にしようとし、ふと横の道路を見てみると、先ほど歩いてきた一本道がどこに続いているのか気になった。

この時期の貴船は川床の季節で、近くの料亭も多くの観光客で賑わっている。お店の並ぶ通りはタクシーや送迎車の行き来もあるが、奥の宮の方まで来ると、車の通りはほとんど無い。

森の奥へと続く道を歩いていくと、どこからか水が湧き出ていて、コンクリートの地面を濡らしている。陽の光が濡れた道に差し込んで鏡のようになり、森の柔らかい緑色を反射している。

曲がり角に辿り着くと、この先に進んでしまったら戻って来れなくなりそうな、そんな思いがしたので、ここで引き返すことにした。

鞍馬山を登る前に軽く昼食を取ろうと思い歩いていると、ガードレールの切れ目から川の方へ降りて行けるところを見つけた。地面に腰をかけ、コンビニで買ったおにぎりを食べた。川の方を見ていると、ところどころ小石が何段か積まれているのに気づいた。

天狗に招かれて

道を少し下っていき、鞍馬寺の西門から鞍馬山へ入山する。山に入ると空気が変わったようだった。

貴船神社の辺りは清らかであると同時に自然の厳しさ、一種の畏れを感じさせる空気がある。鞍馬の山は、もっと穏やかで柔らかい、何かに包まれているような優しい空気を感じた。

もっとも、訪れる状況によって感じ方は人それぞれではあると思うが、少なくともこの日、私は貴船神社ではなく鞍馬山に何か縁を感じて、ここに来たのだな、と思った。

奥の院の魔王殿を過ぎ、少し歩くと「極相林」について説いた看板が立てかけられていた。

山火事や伐採等で樹木を失った土地には、まず光を好む草が生え、ついでマツやナラといった陽樹(生育に必要な日光量が比較的多い樹木)が入り込む。その陰にシイやカシなどの陰樹が生え、やがてその陰樹が成長し、陽樹を追いやる。そして、ついには陰樹だけの林となり安定することを「極相林」といい、鞍馬山の一帯は極相林に達した森だという。更地から極相林となるまでには、二百から三百年という月日を要する。

しばらくすると僧正ガ谷不動堂に辿り着くのだが、堂のそばに生えている二本の立派な杉の木が目に入った。

おそらく、貴船神社の奥の宮で「相生杉」を見た後だったからだと思う。相生杉は一本の根から二本に枝分かれした、樹齢千年の巨大な木で、その二本の杉が寄り添うように見えることから、仲睦まじい老夫婦の姿に例えられる。

相生杉が共に歩んできた時間には感心したが、私は鞍馬山で見たこの独立した二本の杉の木の方に深く惹きつけられた。その二本の杉は、同じ場所で同じ時を共有しながらも、各々の「個」の存在を感じさせたからだ。

鞍馬寺の本殿はとても穏やかな氣で満ちていた。奥の院から下ってきたとはいえ、本殿も結構な高所にある。ときおりここから天狗が街の様子を伺っていたのだろうか、と想像する。

山を下り叡電の鞍馬駅に着いた。レトロな駅の構内には天狗のお面が飾られ、月岡芳年の浮世絵の展示が行われていた。自販機の一八〇円の抹茶アイスを食べながら電車が来るのを待った。

kurama

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